田中広江FP事務所ブログ

誰でも豊かな人生を送る権利があります。
事前にしっかり対策しましょう。

 

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訃報

JUGEMテーマ:つぶやき。
 故田中清治享年84歳。平成17年から八幡平病院に入院したり、富士見荘に入所して介護を受けて来ました父が本日静かに亡くなりました。何度も危険な時がありながら乗り越えて、昭和ひと桁の戦前の人間の強さを感じて来ましたが病には勝てませんでした。二戸で仕事を終えて募集委託社員と共に食事会をして、夜中過ぎに眠りに就いていると、突然朝方3時半頃に兄からの電話で目を覚ましました。入院中の病院に駈け付けている母と妹から連絡があり、3時10分頃心肺停止状態に気付き、30分以上も心肺蘇生を試みて下さった様ですが、最終的に3時47分死亡診断を受けたそうです。急遽シャワーも浴びずに荷物をまとめて、4時10分には真っ暗な暗闇の、寒々とした雪がチラつく中、東北自動車道を西根病院へと車を走らせました。覚悟はしていましたが、とうとういきなりこの日が来てしまいました。
 2012年3月31日3時47分逝去するまで、昭和4年に生まれてから男の平均寿命を越えるまで、節制しながら良く頑張って来たと思います。海軍の志願兵だったことを誇りに、自宅を新築した時の嬉しそうな父の姿、農業をしながら冬場に出稼ぎしてお土産を沢山買って戻って来た逞しい父、寡黙ながら酒を飲んで声を荒げていた父も、晩年静かに眠るように過している姿に、一抹の寂しさを感じていました。何時かは終わりの来る人生。十二文に満足の行く人生を送れたのかどうか、ここ数ヶ月自分で食事が取れなくなって、痩せて痩せて変わり果てて行く姿に、写真の中のふくよかで笑顔の父が懐かしく語りかけて来ます。生きていてくれるだけで心の支えだったのだと改めて気付かされる一日でした。今はまだ悲しんでいられない様な慌ただしさの長い一日でしたが、明日から念仏、御通夜、火葬、葬儀の準備と何かと慌ただしく対応に追われると思いますが、家族や社員から応援していただきながら、母と兄弟姉妹4人で協力して立派に送り出したいと思います。長く毎日書き続けて来ましたブログです。喪に服しつつも少しずつ書き続けて行こうと思っております。

父から貰った最高のプレゼントは「広江」と言う名前です。海軍志願兵だった父が、”広い大きな入り江には港が出来て人が集まって栄える”と言ってくれたお陰で、自分の名前に誇りを持って、他人が何と言おうと笑い飛ばして頑張り続けることが出来ました。いつまでもこの名前を誇りに思い続けて、父の笑顔に負けない素晴らしい人生を歩み続けたいと思います。どう考えても誰が見ても、84歳の父を越えて長生きできそうに感じないと思いますが、「保険業50年」を最初の目標に、先輩方が言われるように100歳までの人生を完走出来る様に頑張りたいと思いました。
| 今日の出来事 | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
 
 

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